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横浜地方裁判所小田原支部 昭和29年(わ)338号 判決 1958年7月07日

被告人 浅田治郎

主文

被告人を死刑に処する。

押収に係る手拭一本(昭和三〇年地押第九号の七)はこれを没収する。

昭和三〇年四月三〇日附起訴状記載の公訴事実中第一二のAに対する強姦未遂の点は無罪。

理由

(罪となる事実)

被告人は大正一三年一一月二八日山口県徳山市大字櫛ヶ浜二八八番地において父卯平の二男として出生し、長ずるにおよんで同市大華尋常高等小学校に入学したが、学業成績芳しくなく、同校高等科を卒業後地元の徳山曹達株式会社等に勤務中、昭和一六年六月山口地方裁判所において窃盗罪により懲役一年以上三年以下に処せられ、岩国少年刑務所に服役中横浜刑務所に移監され、同一八年より造船報国隊として横浜市浅野ドック等に働き、同一九年二月帰郷したところ既に実母は死亡して居らず、同年五月徴兵検査を受けて第二乙種合格となつたが、その頃夜間他家に侵入し強姦を企図したことにより同年七月同裁判所において戦時住居侵入強姦未遂罪により懲役七年に処せられ、長府刑務所に服役中終戦を迎え、当時世上が騒然としていたのを奇貨として他の在監者と共に同刑務所を脱走し、北海道網走市に到り、山田敏明と偽名して店員・雑役夫・人夫等として諸所を転々としているうち窃盗を働き、同二二年八月二三日釧路地方裁判所網走支部において住居侵入窃盗罪により懲役四年の刑に処せられ、網走刑務所にて服役し同二四年九月一五日仮釈放により出所し、爾来再び人夫等として同地方を転々としているうち、同二七年八月頃空知郡上砂川にて炭坑夫をしていた際左足首骨折の負傷により労働者災害補償金として金五三、二〇〇円を支給されるや、これを持つて同二八年二月初頃横浜市に来り、同市中区山元町一丁目四五番地松山吉五郎方に落ち着き、沖仲士として京浜船舶株式会社の荷揚作業に従事していたが同年暮解雇され、爾来同市内或は川崎市内等の飯場を人夫として転々として歩き、同二九年五月初頃埼玉県北足立郡戸田町立花種次郎方に人夫として住み込み同年六月末頃まで働き、同年七月初頃再び横浜市に戻り同市内および川崎市内等の飯場を人夫として転々として廻り、同年一一月九日頃神奈川県足柄上郡松田町田代工務店に人夫として住込んだが同月二四日頃同所を立ち去り、同月二五日頃静岡県安倍郡有度村大平建設野寺飯場に至り同所に人夫として住み込み同年一二月三日まで働いていたが、同日午後同所を立ち去り、再び川崎市内或いは横浜市内等を転々としていたものであつて、この問山田敏明・巽敏明・星又四郎・辰己義夫・巽良夫・藤井清・今出昇・山田勝等の偽名を使用していたものであるが、

第一、昭和二八年六月一五日午後一〇時三〇分頃横浜市中区伊勢佐木町附近を徘徊中、偶々通り遭わしたB(当一八年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同市保土谷区峯岡町二丁目一六〇番地先道路上において突然同女の背後より飛びかかり、左手にて同女の口を押え右手にて同女を抱え「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、さらに同女の着用する手袋を抜き取つて口中に押し込んだ上、同女を附近の畑中を経て草叢に引き摺り行き、同所崖下に転げ落ちた同女をその場に押し倒し、その着用するズロースを剥ぎ取つて同女の両手を後手に縛り上げ、その反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が立ち騒いだためその目的を遂げなかつたが、右暴行によつて同女の頸部および両下肢に全治までに数ヶ月間を要する広汎な擦過傷を負わせ、

第二、同年九月一八日午前零時頃同市中区市電麦田町停留所附近を徘徊中、偶々通り遭わしたC(当三三年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区柏葉町一〇番地先道路上において突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「大きな声を出すと締め殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女の所持していた現金約七〇〇円在中のハンドバック一個を強奪し、さらに同女を同番地附近の路地に引き摺り込み、その場に押し倒して強いて同女を姦淫しようとしたが、近隣の犬が吠え出し被告人がひるんだ隙に同女が逃出したためその目的を遂げず、

第三、同年一一月二三日午後一一時頃同市鶴見区生麦町京浜急行電鉄生麦駅附近を徘徊中、偶々同駅下りホームにおいて電車を待ち合わせ中のD(当二六年)を認めて同女に追尾し、生麦駅より新子安駅を経て、人通りのない同市神奈川区入江町二丁目二三一番地先道路上において突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけつつ同所附近の裏路地に引き摺り込み、「声を出すと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、同女をその場に押し倒し同女の着用する半纒を後から同女の頭に被せて顔を包み、その反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、近隣の野村吉秀が同女の悲鳴を聞いて駈けつけたためその目的を遂げなかつたが、逃走に際し同女が畏怖しているのに乗じ、同女の懐中より現金約一九〇円在中の財布一個を強奪し、

第四、同年一二月六日午前零時三〇分頃同市神奈川区東京急行電鉄東横線東白楽駅附近を徘徊中、偶々同駅より下車して来たE(当三二年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区二本榎二〇番地先道路上において突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ静かにしろ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女を同番地水本館三方屋敷内に連れ込み強いて同女を姦淫し、

第五、同二九年一月八日午前一時頃同市西区国鉄横浜駅裏口附近にて婦女を物色中、偶々同駅より下車して来たF(当三五年)を認めて同女に追尾し、同女が同市神奈川区鶴屋町三丁目四五番地先の自宅に立ち入ろうとするところを呼び止め「一三〇番地は何処ですか」と尋ね、さらに「ちよつと小便をさしてくれ」といいながら同女の隙を窺い、突然背後より飛びかかり左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、頸部の絞扼により失神状態となつた同女を一四・五米東方の熊谷組作業所へ引き摺り込み、その場に押し倒して強いて同女を姦淫しようとしたが、近隣の豊沢佐五郎らが同女の唸り声を聞いて駈けつけたためその目的を遂げず、

第六、同年二月初旬頃の午後一一時頃同市南区市電弘明寺停留所附近にて婦女を物色中偶々銭湯からの帰途同所を通り遇わしたG(当時二十六年)を認めて同女に追尾し人通りのない同区大岡町岩下八一三番地先道路上において突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女を同番地先の横浜国立大学工学部構内高圧実験室脇の空地へ引き摺り込み、その場に押し倒して強いて同女を姦淫し、

第七、同年同月二五日午後一一時四五分頃同市南区井土ヶ谷町附近を徘徊中、偶々通行中のH(当二三年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区大橋町一丁目一七番地先道路上において同女を呼び止め、「ちよつと伺いますが寺田さんという家がありますか」と尋ねて同女の隙を窺い、突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女を同番地先の裏路地へ引き摺り込み、その場に押し倒して強いて同女を姦淫した上、同女が畏怖しているのに乗じ、同女が左手に巻いていた金側腕時計(通称南京虫)一個(価格五、〇〇〇円相当)を同女の手首より外してこれを強奪し、

第八、同年三月一三日頃の午前一時三〇分頃同市神奈川区国鉄新子安駅ホームにて婦女を物色中、偶々電車より下車したI(当三二年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区入江町二丁目一七三番地住宅公社アパート前空地において同女を呼び止め、「姉さん一寸ききたいことがある」と申し向けて同女の隙を窺い、突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ静かにしろ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女を右アパート敷地内に引き摺り込み、強いて同女を姦淫し、

第九、同年同月二三日午後一一時二〇分頃同市南区市電弘明寺停留所附近にて婦女を物色中、偶々通り遇わしたJ(当二八年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区大岡町七四〇番地先横浜国立大学工学部構内電気科学実験室脇路上において同女を呼び止め、「ちよつと伺いますが吉田さんの宅は御存じないでしようか」と尋ね、さらに「ここ通れますか、判らないものでどうもすみません」等声をかけつつ同女の隙を窺い、突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ静かにしろ」と申し向けて脅迫し、同女を数米先の空地へ引き摺り込んでその場に押し倒し、同女の着用する腰紐を取つて頸部に巻きこれを絞めつけてその反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が頸に巻かれた腰紐の下から辛うじて指一本を差し込んで「三万円、三万円」と声を出し、被告人が手を緩めた隙に起き上つて大声で立ち騒いだためその目的を遂げなかつたが、右暴行によつて同女に対し全治約五日を要する咽喉内部充血等の傷害を負わせ、

第一〇、同年四月一〇日午後一〇時頃同市港北区国鉄横浜線中山駅附近にて婦女を物色中、偶々横浜商業高等学校夜間部の入学式を終つて帰宅途中同所を通り遇わしたK(当一五年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区三保町九二三番地通称「ねんじゆの店」こと佐藤儀一方前道路において、同女を呼び止め、「小野さんの家は此処ですか」と声をかけ、さらに「この道を行けばどちらへ行きますか」と尋ねつつ同女の隙を窺い、同所一、一六四番地先通称崖下において突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ、さらに同女の口を塞ぎ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、同女を同所より北方へ約三〇米離れた堀割際の田圃中へ引き摺り込んで押し倒し、同女の抵抗を排除しようとしてその頸部に強度の絞扼を加えて同女を仮死状態に陥れ、さらに同女の両手を所携の繃帯にて後手に縛り、その着用するズロースを剥ぎ取つて口にあてさらに所携の手拭にて猿轡をし、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫し、その際右暴行により同女に対し全治約一〇日間を要する両眼々球膜下出血の傷害を負わせ、

第一一、同年五月一六日午後一〇時頃埼玉県北足立郡国鉄蕨駅附近にて通行中のL(当一九年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同郡戸田町大字下戸田字鬼沢一、一四〇番地永藤猪之助方前道路上において突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、同女を右永藤方屋敷内に引き入れ、さらに強度の絞扼を加えてこれを仮死状態に陥れた上、同所より東南方約一〇〇米(同所一、一五七番地林五市方南方約三〇米)の麦畑へ引き摺り込み同女の両手を有りあわせの荒繩にて後手に縛り、その着用する靴下を剥ぎ取つて口中に押し込み所携の手拭にて猿轡をし、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫し、右暴行により同女の前頸部に幅約一〇糎にわたる擦過傷を負わせ、

第一二、同年六月四日午後一〇時五〇分頃川口市飯塚町三丁目通称白子新道を本町方面に向つて通行中、偶々前方より帰宅のため同所を通り遇わせたM(当一八年)を認め、人通りのないのを幸い同所四〇〇番地先道路上において「姉ちやん姉ちやん」と呼び止めて「この辺に吉田という家があるかい」と尋ね、同女の隙を窺い、同女が「交番で聞いて下さい」と答えて歩き出したところ突然背後より飛びかかり左腕にて同女の頸部を絞めつけ「声を出すと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、同女を約四〇米離れた日本軽金属株式会社川口工場裏門前へ引き摺り込み、抵抗する同女の頸部を強く絞めつけ所携の手拭にて猿轡をし、さらに同女の両手を所携の繃帯にて後手に縛り上げ、その反抗を完全に抑圧した上、前記絞扼により仮死状態に陥つた同女を強いて姦淫し、右暴行によつて同女に対し全治一週間を要する処女膜裂傷・左大腿部擦過傷・咽喉部皮下溢血等の傷害を負わせ、

第一三、同年同月一六日午後一一時頃同市仲町三丁目附近にて通行中のN(当二一年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同市仁志町一丁目七七四番地(現在四七番地に地番変更)先道路上において突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、さらに頸部絞扼の度を強めたため仮死状態に陥つた同女を同番地斉藤義雄方北側植込み内に引き摺り込み、同女の両手を所携の繃帯にて後手に縛り、繃帯の残りを口中に押し込んだうえ手拭にて猿轡をし、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、近隣の福原直形方の飼犬が吠え出し前記斉藤方家人が起き出したためその目的を遂げなかつたが、右暴行により同女に対し加療約一週間を要する頸部挫傷兼舌及び右膝関節部擦過傷を負わせ、

第一四、同年同月一七日午前〇時四〇分頃国鉄蕨駅西口附近にて婦女を物色中、偶々通り遇わしたO(当四〇年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同市大字芝神戸二、七九七番地先道路上において、同女が被告人の追尾する気配を感じて振り返つた瞬間、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ静かにしろ」と申し向けて脅迫し、右頸部絞扼により仮死状態に陥つた同女を附近の麦畑に抱え込みその反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が意識を回復して立ち騒ぎ、偶々自転車で同所を通りあわせた本橋栄一がこれを聞きつけて自転車を停めたためその目的を遂げなかつたが、右暴行により同女に対し加療約五日を要する急性咽頭炎の傷害を負わせ、

第一五、同年同月一八日午後一一時四〇分頃同県北足立郡大和町東武鉄道東上線大和町駅附近にて婦女を物色後、飯場に帰るため同駅ホームにて電車を待ち合わせ中、偶々同駅ホームに下車したP(当一九年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同町大字新倉三、七〇九番地先附近道路上において「ちよつと」と同女を呼び止め、「この辺に吉田さんという家がありますか」と尋ね、同女と二、三問答を交しつつその隙を窺い、同女が背を向けた瞬間突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けつつこれを附近の草叢に押し倒し、起き上つて逃げようとする同女をさらに押し倒して頸部を強度に絞扼し遂に同女を仮死状態に陥れ、同女の両手を所携の繃帯にて後手に縛り上げ所携の手拭にて猿轡をし、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫し、右暴行により同女に対し前額部両側頬部擦過傷・頸部絞扼痕跡・右肩部皮下出血・両側手首絞扼痕跡等の傷害を負わせ、

第一六、同年同月二四日夜国鉄浦和駅附近を徘徊し婦女を物色中、偶々翌二五日午前零時一五分頃同駅より下車して来たQ(当三二年)を認めて同女に追尾し、人通りのない浦和市太田窪五〇一番地先十字路附近の道路上において「ちよつとお尋ねしますが」と同女を呼び止め、「この辺は何処でしよう」と尋ね、同女の応答が親切でないと押し問答をした挙句、同女が不安を感じ駈け出そうとしたところ突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけつつ十字路を南方へ約六米離れた同番地先道路上に引き摺り行き、同女をその場に押し倒し強いて姦淫しようとしたが、同女が立ち騒いだのと北方から自転車のライトが近づくのに気付いたためその目的を遂げなかつたが、右暴行により同女に対し全治約一週間を要する前頸部擦過傷・右眼内嘴小溢血・両鼓膜充血・舌左縁咬傷・右頸部軽度腫脹等の傷害を負わせ、

第一七、同年七月四日午前一時頃横浜市鶴見区国鉄鶴見駅西口附近を徘徊し婦女を物色中、鶴見警察署三角巡査派出所附近において、同駅より帰宅途上にあつたR(当三七年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区下末吉町五九四番地先の同女自宅前道路上において、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、十数米南方の同町五六九番地小松原直吉方裏手野菜畑へ引き摺り込み、同女の両手を所携の繃帯にて後手に縛り、さらに同女に猿轡をかませるべくその帯締を解きかかつたところ、同女が息を吹きかえしたので再び左腕にて同女の頸部を絞扼し、これを仮死状態に陥れた上、その帯締を解いて口中に押し込み所携の手拭にて猿轡をし、その場で姦淫しようとしたところ、同女がまた蘇生して暴れ出したのでこれを仰向けに押し倒し、その上から両手の拇指の胯を重ねて同女の咽喉部を絞めつけて完全に仮死状態に陥れ、その反抗を抑圧した上、さらに西方数米の畑中へ抱え込み同所において、強いて同女を姦淫し、間もなく同所において同女をして右頸部絞扼に基く窒息により死亡するに至らしめ、

第一八、同年七月二九日午前零時四〇分頃川崎市国鉄南部線武蔵中原駅において、前日より物色していたS(当二五年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同市上小田中一、六二五番地先道路上において同女に発見され、同女が前日同所において被告人から「小杉に行くのはどちらへ行くのですか」と声をかけられて逃げ出したことから「小杉ですか小杉は向うですよ」と被告人から何もいわれない先にいつて行き過ぎようとしたところ、やにわに無言のまま同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、右絞扼により仮死状態に陥つた同女を約四五米南方の同番地先畑中へ引き摺り込み、同女の両手を所携の繃帯にて後手に縛りさらに所携の手拭にて猿轡をし、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫し、その際右暴行により同女に対し全治約一週間を要する鼻尖擦過傷・頸部圧迫による発赤・右足関節外側擦過傷・子宮腟部出血等の傷害を負わせ、逃走に際しその場にあつた同女所有に係る現金約五〇〇円在中のハンドバック一個を窃取し、

第一九、同年八月二四日夜横浜市国鉄横浜駅横須賀線ホームおよび逗子方面において婦女を物色後、翌二五日午前二時三〇分頃鎌倉市大町名越二、四一〇番地先道路上にて行き遇つたT(当三四年)を呼び止め、鎌倉の方を指して「逗子の方へ行くのはこつちですか」と尋ね、同女が「そつちへ行くと鎌倉ですよ逗子はこちらです」と教えて立ち去つたところ、被告人は再び同所二、四〇〇番地先附近道路上において同女に追いつき、「マッチありませんか」と申し向けてその隙を窺い、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ静かにしろ」と申し向けて脅迫し、同女を同所二、八三二番地先の路地に引摺り込み、その頸部に強度の絞扼を加えてこれを仮死状態に陥れその反抗を完全に抑圧した上、同女をさらに同所一、九五一番地先石垣下道路上に引き入れ、同所において強いて同女を姦淫し、その際右暴行により同女に対し全治数ヵ月間を要する右廻帰神経麻痺の傷害を負わせ、

第二〇、同年九月一〇日の午後一二時近い頃横浜市鶴見区京浜急行電鉄生麦駅前の飲食街にて通行中のU(当四二年)を認めて同女に追尾し、翌一一日午前零時五〇分頃人通りのない同区本町二丁目一〇六番地先道路上において、自宅に立ち入ろうとした同女を呼び止め、「この辺に吉田さんという家はありませんか」と尋ねて同女の隙を窺い、突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女を同家西側の空地へ引き摺り込み、前記絞扼により仮死状態に陥つた同女を強いて姦淫し、

第二一、同年一〇月二二日午後八時過ぎ頃川崎市藤崎町三丁目一二〇番地先空地を通行中のV(当二八年)を認め、附近に通行人のないのを奇貨として同女を呼び止め、「吉田さんがこの近所におりませんか」と尋ねて同女の隙を窺い、突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ、「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女を強いて姦淫しようとしたが、近隣の豊田方の妻女が物音をききつけて「誰か」と声をかけたためその目的を遂げずして逃走し、

第二二、右逃走直後の同日午後八時三〇分頃同市桜本町二丁目六〇番地渡辺勝方前共同水道端において、寝巻姿で洗濯中のW(当一五年)を認め、通行人のないのを奇貨とし、同女を強姦しようとして突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めようとしたが同女が、下を向いていたため腕が顎にかかり同女に立ち騒がれたためその目的を遂げず逃走し、

第二三、更に同日午後一一時頃同市下並木京浜急行電鉄八丁畷駅附近にて、X(当二四年)を認めて同女に追尾し、同日午後一一時二〇分頃人通りのない同市南小田町一丁目三番地先道路上にて、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、同女を約十九米東方の空地へ引き摺り込み、その場に押し倒して同女の靴を片手に握つて振り上げ「騒ぐとこれで殴るぞ」と申し向けその反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫し、

第二四、同年一〇月二三日午後一一時五〇分頃同市新川通り十字路附近にて通行中のY(当二七年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同市大島町五丁目七八番地先道路上において同女を呼び止め「ちよつと伺いますがこの辺に吉田春吉さんという家はありませんか」と尋ねたところ、同女が危険を察知して「この家で聞いてみなさい」といつて同所人家の玄関を示しながらその隣家である同番地先長沢幸男方に逃げ込もうとしたところ、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「騒ぐと殺すぞ静かにしろ」と申し向けて脅迫し、同女を同人方中庭に引き摺り込み、同所においてさらに頸部に強度の絞扼を加えてこれを仮死状態に陥れ、同女の両手を所携の手拭にて後手に縛り、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫し、

第二五、同年一〇月二五日夜一一時半頃より東京都大田区国電蒲田駅西口附近を徘徊し婦女を物色中、翌二六日午前二時頃偶々通行中のZ(当二八年)を認め塀の蔭に身を隠して一旦同女をやり過した上これに追尾し、人通りのない同区安方町二二〇番地山岸義衛方前道路上において、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「静かにしなければ殺すぞ」と申し向けて脅迫し、右絞扼により仮死状態に陥つた同女を右山岸方玄関先の植込み内に引き摺り込んで同所に横たえ同女の着用していた腰紐を取りその一部を以て同女の両手を後手に縛り、さらに帯締を取つてこれを同女の口中に押し込んだ上所携の手拭で猿轡をし、同所で同女を姦淫しようとしたが、同女が唸り暴れ出したので、再び左腕で同女の頸部を絞めて仮死状態に陥れた上、同家東北隅の垣根内に運び同所において同女を姦淫しようとしたところ、また同女が蘇生して暴れ出したので、かくの如く再三にわたり強く頸部を絞扼するにおいては判示第一七記載の如く死に至るべきことのあることを熟知しながら、同女の着用した前記腰紐若しくは類似の比較的やわらかい索条等を以て同女の頸部を強く緊縛し、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫し、その頃同所において同女をして右の頸部絞扼に基く窒息に因り死亡せしめてこれを殺害し、

第二六、同年一一月一日夜川崎市国鉄川崎駅構内階段附近において婦女を物色中、偶々同駅より国鉄南部線に乗り換えようとしていたa(当二〇年)を認めて同女に追尾し、同線矢向駅を経て同日午後九時三〇分頃同市塚越四丁目三三〇番地富裕荘に立ち入ろうとした同女を呼び止め、「この辺に吉田さんの家はありませんか」と尋ねて同女の隙を窺い、突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ強いて同女を姦淫しようとしたが、腕が同女の首にうまく廻らず同女に立ち騒がれたためその目的を遂げず逃走し、

第二七、右逃走後再び川崎駅に引き返すべく前記矢向駅ホームにおいて電車を待ち合わせ中、偶々同日午後一〇時頃同駅ホームに下車して来たb(当一八年)を認め同女を強姦しようとして追尾し、同女が前記富裕荘に立ち入ろうとするところを呼び止め、「もしもし吉田さんという人がここにいませんか」と尋ね同女の隙を窺い、同女が振り返つて「吉田さん…………」と考えている隙に突然同女に飛びかかり、左手を同女の肩に廻し右腕にて同女の咽喉を押え、その頸部を絞めつけようとしたが、同女に立ち騒がれたためその目的を遂げず逃走し、

第二八、更に同日午後一一時頃同市国鉄川崎駅に引き返し、同駅構内階段附近にて婦女を物色中、偶々d(当二七年)を認めて同女に追尾し、前記矢向駅に下車し同日午後一一時五〇分頃人通りのない同市塚越三丁目三八〇番地先道路上において同女を呼び止め、突然背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「静かにしろ」と申し向けて脅迫し、右絞扼により仮死状態に陥つた同女を附近の新築中の家屋内に引き摺り込み、同女の靴下を剥ぎ取りその片方で同女の両手を後手に縛り残る片方をその口に押し込んだ上所携の手拭にて猿轡をし、その反抗を完全に抑圧した上、強いて同女を姦淫し、その際右暴行により同女に対し全治約一週間を要する会陰部裂傷・右腟壁腫脹・前頸部および側頸部の擦過傷を負わせ、

第二九、同年一一月八日夜横浜市金沢区京浜急行電鉄金沢文庫駅附近にて婦女を物色中、偶々同日午後一二時頃同駅より下車して来たe(当二四年)を認めて同女に追尾し、人通りのない同区釜利谷四四三番地横浜市立金沢中学校々庭において、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「声を出すと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女を同校庭南隅へ連れ行きその場に押し倒して、強いて同女を姦淫し、

第三〇、同年一一月二三日の夜婦女を求めて折から稼働中の神奈川県足柄上郡松田町惣領の田代飯場を抜け出し、前後三時間国鉄国府津駅附近を徘徊したが思わしくなく、松田町に引き返しなお婦女を物色中、同日午後一一時三〇分頃同町惣領の県道上において偶々通行中のf(当二〇年)を認め、人通りのないのを奇貨として同所において、突然同女の背後より飛びかかり、左腕にて同女の頸部を絞めつけ「声を出すと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同女をその附近の同所一、九一三番地先の畑中に引き摺り込み、その場に押し倒して強いて同女を姦淫し、

第三一、同年一二月三日午後七時一五分頃静岡県安倍郡有度村草薙字一里山一、六二六番地先道路上において、通行中のg(当四一年)を認め、附近に人なきを奇貨として同女を呼び止め、「吉田さんという家はないか」と尋ねて同女の隙を窺い突然背後より左腕にて同女の頸部を絞めつけ附近の同村長崎新田一五番地の一の田圃内に引き摺り行き、その場に押し倒して「騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫し、その際右暴行により同女に全治約七日間を要する舌の左側部噛傷および側頸部うつ血の傷害を負わせ、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(前科)

被告人は山田敏明なる偽名の下に昭和二二年八月二三日釧路地方裁判所網走支部において住居侵入窃盗罪により懲役四年に処せられ、該裁判は当時確定し引続き右刑の執行を受け終つたもので、この事実は第一回公判調書中の被告人の供述記載および指紋照会回答書(二四七丁、二、五七二丁)によつて明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、

強姦致死・殺人罪

判示第二五の所為中強姦致死の点は刑法第一八一条に、殺人の点は同法第一九九条にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項前段・第一〇条により重い殺人罪の刑により、所定刑中死刑を選択し、

強姦致死罪

判示第一七の強姦致死の点は同法第一八一条に該当するから所定刑中無期懲役刑を選択し、

強姦致傷罪

判示第一、第九、第一〇、第一一、第一二、第一三、第一四、第一五、第一六、第一八、第一九、第二八、第三一の各強姦致傷の点は、それぞれ同法第一八一条に該当するから、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、

強姦罪

判示第四、第六、第七、第八、第二〇、第二三、第二四、第二九、第三〇の各強姦の点はそれぞれ同法第一七七条前段に該当し、

強姦未遂罪

判示第三、第五、第二一、第二二、第二六、第二七の各強姦未遂の点はそれぞれ同法第一七九条・第一七七条前段に該当し、

強盗強姦未遂罪

判示第二の強盗強姦未遂の点は同法第二四三条・第二四一条前段に該当するから、所定刑中有期懲役刑を選択し、

強盗罪

判示第三、第七の各強盗の点は同法第二三六条に該当し、

窃盗罪

判示第一八の窃盗の点は同法第二三五条に該当するところ、

被告人には前示前科(昭和二二年八月二三日釧路地方裁判所網走支部において住居侵入窃盗罪により懲役四年の刑に処せられ引続き服役を終る)があるから、同法第五六条第五七条により、判示所為中、強姦致傷・強姦・強姦未遂・強盗強姦未遂・強盗および窃盗の各罪の刑に同法第一四条(窃盗罪については適用せず)の制限内においてそれぞれ累犯の加重をし、以上各罪は同法第四五条前段の併合罪であるところ、判示第二五の殺人罪につき被告人を死刑に処し、同法第四六条第一項本文の規定に従い他の刑を科さない。押収に係る手拭一本(昭和三〇年地押第九号の七)は判示第一五の犯罪の用に供したもので、その所有被告人以外の者に属さないから、同法第一九条第一項第二号・第二項本文・第四六条第一項但書によりこれを没収することとし、訴訟費用の負担については被告人は貧困で訴訟費用を負担する資力がないことが明らかであるから、刑事訴訟法第一八一条第一項但書によりその負担をさせない。

弁護人の主張に対する判断

弁護人は被告人は本件各犯行当時心神耗弱の状況にあつたと主張するが、鑑定人竹山恒寿、同笠松章の各鑑定の結果によれば、被告人は本件各犯行当時心神耗弱の状況にあつたとは認められないから、弁護人の右主張は採用しない。

無罪の部分について

昭和三〇年四月三〇日起訴状記載の公訴事実中その第一二によれば、「被告人は昭和二九年六月四日午後一一時頃川口市仲町二丁目地内よりA(当二四年)に追尾し、同町三、一四七番地先道路上において突然背後より飛びかかり左腕にて同女の頸部を絞めつけ、約一五米西方に引き摺り、その反抗を抑圧して強姦しようとしたが、同女が大声で救を求めたためその目的を遂げなかつたものである」というにある。

よつて按ずるに、Aの司法巡査に対する同二九年六月九日附供述調書(七三六丁以下)司法警察員に対する同年七月一九日附告訴調書謄本(七二六丁以下)検察官に対する同年七月二五日附供述調書(七四二丁以下)ならびに司法警察員新井常平作成の実況見分調書謄本(七四七丁以下)および司法巡査石森友治作成の「現場写真撮影報告について」と題する書面添附の写真二葉(七四五丁以下)によれば、前記Aは同年六月四日午後一一時頃勤め先である東京都中央区銀座八丁目二番地「パチンコ銀座」を出て同夜一一時四〇分頃川口駅に帰着し、通称仲町通りを経てその自宅手前である川口市仲町二丁目三、一四七番地大沢静方前道路上にさしかかつたところ、突然後から「この辺に吉田茂という家があるか」と声をかけられ、振向いてみると二米位のところに男が立つていたが、同女が吉田茂という名前を聞いて思わず噴出したところその男も笑いながら「吉田首相と同じ名前だ」といつたこと、そこで同女が「吉田茂か何か知らないけれど吉田という家はそこの細い路地を右へ曲つて突当りの家ですから聞いて御覧なさい」と答えて自宅に向つて一五歩か二〇歩(約一八米)歩いたところ、いきなり後から左腕で頸を絞められ、声も出せずそのまま同所三、一四八番地同女方前を素通りにして後向きに引摺られて行つたが、同女が左手の爪で犯人の手を引掻いて抵抗し、犯人が手をゆるめた隙に大声で救いを求めたところ犯人は急に手を離して逃走したこと、同女が声を立て犯人が逃走したのは同番地先平沢祐子方筋向いの藤の株のある附近であつたこと、の事実が認められるのであり、その人相・着衣等必ずしも明らかでないが、犯罪の手口・方法等については判示第一ないし第三一に示す如き被告人の犯行のそれに酷似するものということができる。

ところで第三回公判調書中の被告人の供述記載によれば、被告人は前記公訴事実第一二の犯行を認め、また被告人の司法警察員に対する同二九年一二月二一日附供述調書(一、二六八丁以下)および検察官に対する同三〇年一月二一日附供述調書(二、四五五丁以下)によれば、被告人は同二九年六月三、四日頃の午後九時頃婦女を物色すべく戸田町の飯場を出て川口に向い、川口駅に行きつかぬ中に駅方面より来た年令二〇歳位洋装の女性を認めてこれに追尾し、同所より左折して一間半位の道路を約五〇〇米進み、右側に杉垣の長くある家があつて左側は道路に沿つて空地があり、また両側に人家があつて土蔵のような白壁の家のある処で、無言のままやにわに同女の背後から左腕でその頸を絞めつけたところ、被告人らの来た方向から誰か男らしい者が来るのを認めたのですぐ手を放して逃げ、その後判示第一二記載の如く同市飯塚三丁目通称白子新道においてMを認めてこれに追尾し強いて同女を姦淫したというのであるが、右強姦未遂の点についてはその供述記載はすこぶる簡略で真偽必ずしも保し難い上、無言のまま背後から左腕で首を絞めたことおよびこれが未遂に終つたことの二点を除き、犯行の場所の状況・犯行に至るまでの被害者との間の経緯(前記Aは吉田茂と聞いて噴出し犯人も吉田首相と同じ名前だといつて笑つたという)および未遂に終つた理由等につき、前記Aの供述調書等により認められるところと著しく齟齬するのであり、のみならず同女の前記司法巡査に対する供述調書および司法警察員に対する供述調書謄本によれば、同女の勤務する「パチンコ銀座」は二部制で早番は午前九時より午後五時まで、晩番は午後四時より午後一一時までの勤務であり、前記六月四日は同女は晩番で午後一一時まで勤務し、午後一一時四〇分川口駅着の電車で川口に帰来し、同駅より約一粁の自宅附近まで歩行して午後一一時五〇分頃被害を受けたというのであるから同女に対する強姦未遂の犯行は、判示第一二のMに対する強姦既遂の犯行(同日午後一〇時五〇分頃)の後となる筋合であり、仮にAに対する強姦未遂の犯行を被告人の所為とすれば、被告人はMを強いて姦淫した後重ねてAを姦淫せんとしたこととなり、前記の如く未遂の後に既遂(M)ありとする被告人の各供述調書の記載に著しく背馳し、また強姦既遂の後に引きつづき重ねて強姦の挙におよぶという如きは被告人の判示第一ないし第三一に見る如き犯行にも未だその例を見ないところで、かかる証拠上諸般の矛盾に徴するときは、被告人の前記自白もたやすく採用し難く、結局前記Aに対する強姦未遂の点については犯罪の証明なきに帰するので、刑事訴訟法第三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 雨宮熊雄 秋山悟 可部恒雄)

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